氏名(職名)

Katsuhide KAWAMOTO, Ph.D  (Professor)
かわもと かつひで
川 元 克 秀 (教授)

所属学部・学科

看護学部  看護学科

 

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最終学歴・学位

1998年3月       東北大学  大学院  情報科学研究科  人間社会情報科学専攻

                           博士後期3年課程 修了

博士(情報科学)( 東北大学  大学院 ; 情博第90号,1998 ),認知科学・学習心理学研究室(主査;國分振).

 

主な職歴

東京都老人総合研究所  社会福祉学部門   研究助手 (1996年1月~1998年5月)

  同   上                                                 研究員 (1998年6月~2000年3月)

埼玉大学  大学院  教育学研究科   准教授 (2000年4月~2018年3月)

  同   上    教育学部  コラボレーション教育専修( いのちと福祉の教育系)  准教授  (   同   上   )

山梨県立大学  看護学部   教授 (2018年4月~現在)

 

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専門分野

いのちの人間学,  いのちの教育学,  いのちの哲学

 

所属する学術団体等

ハンセン病問題を入口にした人権学習研究会

イスラム文化圏途上国における初等教育研究会

 

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学内委員

看護学部 入試企画委員会

看護学部 学生厚生委員会

全学 キャリアサポートセンター運営委員会

 

本学における担当科目

いのちの社会学」,  「生命倫理」(いのちの哲学)

 

 

これまでに取り組んだ学術研究の内容と業績

   

    私がこれまで取り組んできた学術研究と、結果として世に送った研究業績は、主に以下3つの「系・類」に分かれ、創出されてきています。

 

【1】.「いのち」にまつわる教育の、原理や理念に関連した理論研究

1)この系・類の学術研究は、ここ18年くらいの期間(埼玉大学大学院教育学研究科勤務期)から現在にかけて、中心的に取り組んでいるものです。
2)研究方法は、フィールドワークにより得られた実践知に根ざした、論証型ものです。
3)研究の基底にある実感・確信を支えるフィールドワークは、ハンセン病療養所に於いてハンセン病回復者の方々と共に17年間に渡りなされたもの、及び、パキスタン・イスラム共和国に於いて現地庶民のムスリムの方々との間で12年間に渡りなされたものです。
4)この系・類の主な学術論文は、以下の通りです。(以下いずれも全て単著)

(1)川元克秀:「人権」よりも優先した「義務」を教育するのではなく、子どもが自身に向けた「善を為す務め」を実感的に確信するには、道徳教育の実践理念上、何がその「学び」の根拠と成り得るのか?;「超義務(Supererogation)」行動を育む価値教育の構想に向けて.『高原』,通巻第804号(2017年10月号),p2-p48,2017.

(2)川元克秀:伝統的役割や使命から開放され、個人が「自由」になった、親米親欧化された現代日本社会において、小中学校の道徳教育の一環としてなされる国連型人権教育は、学習者の「魂」を「自由」にしているのか?.『高原』,通巻第789号(2016年7月号),p2-p39,2016.

(3)川元克秀:この2月に療養所でフィールドワークに取り組んだ教育学部の学生は、教育人間学をベースとして「トランス・エデュケーション」の観点から設計された人権学習に関するフィールドスタディに於いて如何なる点に心がけ、どのような想いと共に療養所で過ごすことが課され、その結果として、将来、初等学校で道徳教育を担う人材としての自身について、どのような「気付き」と「学び」を獲得し得たのか?.『高原』,通巻第777号(2015年7月号),p2-p36,2015.

(4)川元克秀:今日的社会機運や文化・規範を背景に持つ若者を対象として、初等学校で道徳教育を担う教員の養成を前提にした場合、ハンセン病療養所をフィールドとした人権学習・福祉教育において、フィールドワーク前のインテーク学習に含めるべき教育内容の構成要素とは、いかなるものなのか?;これまでの13年間のフィールドスタディから得られた実践知により仮説される、教育人間学の理論的枠組みを用いた人権教育・福祉教育の事前学習観点とは?.『高原』,通巻第770号(2014年12月号),p2-p39,2014.

(5)川元克秀:卒業までにハンセン病療養所を何度か訪ねる経験を得た上で、教育学部を巣立ち教師となっていった卒業生たちは、在学中の療養所での人権教育に関わるフィールドスタディを通して、回復者の方々からどのような想いを受け取り、同時に引き継いだ想いをどのような自らの教育信念に深化・昇華させ、現在、自分が携わる小学校などの教育現場に於いて、『想いの継承者である自分だからこそ可能な教育実践』として、引き継いだ想いを、いかに結実させているのか?.『高原』,通巻第766号(2014年8月号),p13-p32,2014.

 

【2】.ボランティア活動や福祉教育活動への参加者の「学び」の質と内容に関する、計量的実証研究

1)この系・類の学術研究は、主に18年くらい前までの時期(東京都老人総合研究所勤務期)に、中心的に取り組んできたものです。
2)研究に於けるデータの収集方法と分析方法は、質問紙法自書式による計量的意識調査による量的データを、多変量解析の手法により統計学的に分析したものであり、いわゆる、量的研究・計量データの統計量を用いた実証研究です。
3)これらの研究成果は主に、日本福祉教育・ボランティア学習学会、日本社会福祉学会の学会誌上にて、公表してきました。
4)この系・類の主な学術論文は、以下の通りです。(以下はいずれも査読付の学会誌掲載論文です)

(1)川元克秀・柴田博:ボランティア活動への関心とその経験が参加者の心理的Well-beingに及ぼす影響.『福祉教育・ボランティア学習研究年報』,Vol.3, p69-p91,1998,日本福祉教育・ボランティア学習学会発行.

(2)川元克秀・佐藤陽・菊田英代子・松尾索・諏訪徹・土井進・中島修・高野利雄・柴田博:福祉教育・ボランティア学習活動による学習者の即時的変容の内容とその意味.『日本福祉教育・ボランティア学習学会年報』,Vol.4, p82-p110,1999,日本福祉教育・ボランティア学習学会発行.

(3)川元克秀:福祉教育・ボランティア学習活動参加後の学習者のボランティア活動意欲の変容.『社会福祉学』, 第41巻1号, p121-p134,2000,日本社会福祉学会発行.

 

【3】.高齢者を対象とした福祉サービスの効果評価研究、及び、その実現に向けた測定尺度の実証研究

1)この系・類の学術研究は、大学院在学中から20年位前迄の時期に、中心的に取り組んできたものです。
2)研究に於けるデータの収集方法と分析方法は、質問紙法自書式による計量的意識調査による量的データを、多変量解析の手法により統計学的に分析したものであり、いわゆる、量的研究・計量データの統計量を用いた実証研究です。
3)これらの研究成果は主に、日本社会福祉学会、日本老年行動科学会の学会誌上にて、公表してきました。
4)この系・類の主な学術論文は、以下の通りです。(以下はいずれも査読付の学会誌掲載論文です)

(1)川元克秀:生きがいづくり支援サービスの効果評価とサービス開発の観点;高齢者の生きがいの創造を予測する視点に関する予備的検討.『社会福祉学』, 第38-2号, p97-p118,1997,日本社会福祉学会発行.

(2)川元克秀:高齢者への福祉サービスの効果評価に「幸せ」に関する概念を用いる際の尺度選択上の留意点;Visual Analogue Scale of Happiness(VAS-H)により測定される概念の内容と意味の検討.『高齢者のケアと行動科学』, 第5巻, p89-p100,1998,日本老年行動科学会発行.

(3)川元克秀:高齢者を対象とした福祉サービスの効果評価に「自己実現」の概念を用いるための測定尺度の検討;Short index of Self-Actualization(SSA)の交差妥当性と基準関連妥当性.『社会福祉学』,第39-1号, p91-p111,1998,日本社会福祉学会発行. 

(4)川元克秀:世間体意識尺度12項目版の交差妥当性と信頼性;因子構造の安定性と再検査法による信頼性の検討.『社会福祉学』, 第39-2号, p62-p82,1999,日本社会福祉学会発行.

(5)川元克秀:Visual Analogue Scale of Happiness(VAS-H)により測定した主観的幸福度の関連要因の検討;要因分析結果から見たVAS-Hの尺度特性.『高齢者のケアと行動科学』, 第6巻, p79-p91,1999,日本老年行動科学会発行.

 

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なお、前年度に公表した最新の学術論文・学術研究成果は、以下の通りです。

 

【2017年度に公表した学術研究成果】

 1.川元克秀:「人権」よりも優先した「義務」を教育するのではなく、子どもが自身に向けた「善を為す務め」を実感的に確信するには、道徳教育の実践理念上、何がその「学び」の根拠と成り得るのか?;「超義務(Supererogation)」行動を育む価値教育の構想に向けて.『高原』,通巻第804号(2017年10月号),p2-p48,2017.

 

 

教育活動の実績

   
    私はこれまで、以下6つに分類可能な教育実践に鋭意取り組んできました。
 
 
【1】.研究者及び研究的視点とスキルを持った学校教員の養成にかかわる大学院教育
1)実践の場:埼玉大学  大学院  教育学研究科(常勤・准教授として)
2)時期:2000年4月~2018年3月
3)該当担当科目:「社会教育学特論(いのちと福祉の教育論)」「社会教育学演習(文化・信仰と生成の教育)」「課題研究I・II(論文主査指導)」等
4)内  容
    大学院 教育学研究科 学校教育専攻 教育学分野 に於いて18年間に渡り、研究者及び研究的視点とスキルを持った学校教育実践者としての教師を育ててきました。具体的には、学部からストレートに大学院に入学した大学院生、現在小学校や特別支援学校などで実際に教師として働きながら研究スキルを磨く為に社会人入学した大学院生、他国で大学を卒業し日本に研究しに来た留学生などに対し、主査又は副査として修士学位論文指導を行い、これらの大学院生に学位を授与してきました。
 
 
【2】.小学校教諭・特別支援学校教諭・養護学校教諭の養成に関する教育
1)実践の場:埼玉大学 教育学部(常勤・准教授として)
2)時期:2000年4月~2018年3月
3)該当担当科目:「いのちと福祉の教育原論」、「途上国と先進国の共生教育論」、「世代間交流・他世代理解学習論」、「福祉教育・ボランティア学習実践論」、「社会的要援護者との共生の実践論」、「福祉教育概論」等
4)内  容
    教育学部教員養成課程に於いて18年間に渡り、教員免許法に於ける「教職に関連する専門科目」を担当し、毎年多くの小学校教諭・特別支援学校教諭・養護教諭を社会に送り出してきました。具体的には、教科教育科目ごとの個別の教授法とは異なる、教師としての最も根源的在り方の醸成に向け、人間学的観点からの科目設計により、教師としての教育信念・実践理念の獲得を目指した教育実践に取り組んできました。
 
 
【3】.ハンセン病療養所をフィールドとして、学習者が自己の差別・偏見を見つめる教育の実践
1)実践の場:埼玉大学 教育学部(常勤・准教授として)、山梨県立大学 看護学部(常勤・教授として)、国立ハンセン病療養所(フィールドワーク先として)
2)時期:2003年~現在
3)該当担当科目:「スタディツアー企画運営実習」、「福祉教育フィールド・スタディ」
4)内  容
    教育学部生(学校の教師になることを目指している学生)を主な対象として、卒業要件となる必修科目ではなく、選択履修可能な実習系科目として、「スタディツアー企画運営実習」及び「福祉教育フィールド・スタディ」を開講し、ハンセン病問題を切り口にして学生それぞれが、自己の差別・偏見・先入観を見つめる教育実践を、15年間に渡り継続実施してきました。この科目は、「他者の嘆き・悲しみ・痛み・苦しみを、心で受け取るチカラを付ける実習」を目標に、関東圏4ヶ所の国立ハンセン病療養所(栗生楽泉園・駿河療養所・多磨全生園・神山復生病院)をフィールドとして実施してきました。フィールドワークは、毎年2回、2月と8月にそれぞれ8日間ずつ、定住型医療施設としてのハンセン病療養所に学生と共に皆で宿泊・滞在し、同じ釜の飯を食べ同じ風呂につかり同じ屋根の下で寝起きしながら、ハンセン病回復者の方々のナマの声を受け取り、学生が自己の価値観・倫理観に向き合い続ける方法により行っています。なお、全国的に観てもこの教育実践のように、ハンセン病療養所で毎年2回ずつフィールドワークを15年以上継続している学習機会は存在せず、極めて稀であり、貴重なフィールドワーク学習といえます。
 
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【4】.「異なる他者との出会い」を通し自分が置かれている社会構造を見つめる教育の実践
1)実践の場:埼玉大学 教育学部(常勤・准教授として)、山梨県立大学 看護学部(常勤・教授として)、パキスタンイスラム共和国の孤児院や病院(体験先のフィールドとして)
2)時期:2005年~現在
3)担当該当科目:「福祉教育フィールド・スタディ」「多文化共生教育概論」
4)内  容
     自己が置かれている社会環境を構造的に理解・認識し、自己や日本での生活を相対化して『観る』には、ブーバーが示した意味での「自分とは異なる他者(異邦人)」の存在が欠かせないものといえるでしょう。このような教育的必要性に鑑み、「福祉教育フィールド・スタディ」及び「多文化共生教育概論」の科目に於いて、学生が自分とかけ離れた環境(戒律が厳しいイスラム文化圏であり、且つ、途上国である環境)で、異なる価値のもと日常生活を送る他者と「出会う」教育実践を設計し、13年間に渡り継続して毎年渡航を実施してきました。学生が「異なる他者と出会う」為に設定した具体的なフィールドは、パキスタンイスラム共和国の孤児院・公立学校・宗教教育施設・病院などです。パキスタンをフィールドとしたこの教育実践では、毎年3月に約3週間、パキスタン国内の4つの都市に滞在しながら、イスラムの価値を前提にした日本では見かけにくい他者とのかかわりや、途上国ならではの貧困の中での日常を、学生が実感的に理解する体験を獲得しています。重ねてになりますがこの教育実践は、「パキスタンを知る」こと(パキスタン研究)を目的にしたものではありません。学生が、自分とは全くに異なる日常を送る現地の庶民の人々の生き方を手掛かりに、日本で生活する自分たちの日常を、その社会構造からじっくりと掘り返して見つめ、その特殊性を認識し直す教育実践です。
 
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【5】.モラルハザード社会に於ける「いのちを愛する原理」の獲得を目指した看護師養成教育の実践
1)実践の場と時期:埼玉県立高等看護学院(非常勤講師;2009年4月~現在)
2)担当科目:「いのちを愛する倫理原論(埼玉県立高等看護学院)」
3)内  容
    子どもを育てる教育者としての小学校教諭も、人の生命を守り応援する看護師も共に、他者(人)への自己の物心両面での「かかわり」を通し、その他者の「いのち」を慈しみ、温め、育み、支える専門職業人であることが共通します。しかし、現代日本の社会構造の変化は、これら「他者とかかわり、他者のいのちを慈しみ支える」専門職業人に対しても、自己本位性を安直に正当化させかねない規範崩壊をもたらしています。このような問題意識を前提に、保健・医療分野の中核専門職としての看護師について、専門職の基盤である『立脚価値』『規範』『倫理』に着眼し、その養成教育に携わってきました。とりわけ埼玉県立高等看護学院では、養成課程で一般的な「倫理学」科目を、「いのちを愛する倫理の原理論を教授する内容に改変しよう」ということになり、この「いのちを愛する倫理原論」の科目を、川元がこれまで約10年弱に渡り継続して担当教授し、看護師の価値基盤形成に貢献してきました。
 
 
【6】.「ペアワーク」と「リフレクション」の手法徹底による、体験の経験への昇華・定着化の教育実践
1)実践の場:山梨県立大学 看護学部(常勤・教授として)、埼玉大学 教育学部(常勤・准教授として)
2)時期:2004年~現在
3)担当該当科目:「いのちの社会学」、「いのちと福祉の教育原論」、「コラボレーション教育演習I・II」、「スタディツアー企画・運営実習」ほか
4)内  容
    教育は、たとえ同じ「機会」の「体験」を学び手に提供し得たとしても、教育対象に同じ教育効果をもたらし得るとは限りません。学び手の多様な背景と個性に着眼しながら、「体験」を通し学び手が感じたこを、「気付き」に繋がる昇華に導き、更にその「気付き」を「信念」や「確信」として学生の内に定着することを願うなら、どのような教育上の工夫が必要となるか。。。このような問題意識のもと、「ペアワーク(自らが言語化した言葉と、相手の言語を含めた応答を鏡として、自己の内面を見つめようとする学習の試み)」の学習手法と、「リフレクション(『振り返り』;自己が感じ・考え・気付いた事柄をあえて言語化することで明確化する試み)」の学習方法を組み合わせ、学び手の「体験」が「経験」へと昇華するよう導き、学生の内に信念や確信が定着するよう促す教育実践を、14年間に渡り実践してきました。
 
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 社会活動・地域活動の実績

特定非営利活動法人 AL-KHIDMAT人道奉仕基金

(東京都認可番号:27生都地特第1946号)    理 事
  
 
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提供できる地域貢献メニュー

【1】.ハンセン病問題を糸口として、優生思想に根ざず偏見・差別・蔑視意識の克服を目指す、学校教育・社会教育的取組み(ハンセン病療養所でのフィールドワークを含む、差別・偏見の社会的解消に向けた協働学習の構築)

【2】.パキスタン・イスラム共和国を題材とした、ムスリムへの偏見是正とイスラム文化理解を目的とする学習活動(「イスラム教徒はテロリストだ」「パキスタンは危ない国だ」というステレオタイプイメージを、外国人からの視点ではなく、現地の庶民の目線で考える、学びの取組みの構成)

 

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こでまでに取り組んできた教育・研究の具体像

    「提供できる地域貢献メニュー」について具体的イメージを持っていただきやすくすることを目指し、以下に、私がこれまでに取り組んできた、教育・研究活動の1つを、詳細にご紹介します。

 

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    この意図の下、以下にご紹介するのは、前述にて概要をお知らせした「『異なる他者との出会い』を通し自分が置かれている社会構造を見つめる教育の実践」としての、「パキスタン・イスラム共和国に於ける、毎年1回3週間のフィールドワークを手掛かりにした、自己を見つめ、自己を取り巻く社会の特質と構造を見つめる学習活動」です。

 

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   パキスタンでのフィールドワークを含む学習活動は、2005年4月から「イスラム文化圏途上国に於ける社会的要援護者の現実を把握すること」を目的にスタートした学習会を起源とし、文献や映像資料による学習を1年間毎週重ねた後、調査と学びのフィールドとしてパキスタン・イスラム共和国を選定し、2006年度に初めて、パキスタンへの渡航を実現させることができました。

    この研究・学習活動では、2006年度の初渡航以来、毎年3月に約3週間の滞在日程にて、15名前後の大学院生や学部生と共にパキスタンに滞在し、フィールドワークを行っています。
    それ故この研究・学習活動は、2018年度時点で既に13年間継続した、毎年3週間前後の現地滞在を含む学びと研究の機会、というとになります。

 

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    この調査研究・学習活動に於いて私は、パキスタンでのフィールドワークの目的を以下4点設定し、これらが成就するように、フィールド活動をデザインしてきました。

    第1のフィールドワークの目的はイスラム社会・イスラム文化圏の現実を、主に社会的要援護者へのサポート活動の実際の姿を切り口に、実感してくること、です。
    学生を含め多くの日本人にとって、ムスリムの生活とイスラームの文化は、極めて未知であり遠い存在です。であるからこそ、これら『異なる存在』を無意識に自己の思考から排斥することなく、更には自己の歪んだ偏見の源泉から目を逸らすことなく、それらをあえて見つめてみる作業は、重要な学びの扉を開ける機会となります。
    そしてその『異なる存在(イスラームとムスリム)』の有り様の理解を、「先進国では『社会的弱者』と呼ばれ、搾取や抑圧されかねない立場の人々(障碍を持つ人や、子どもや、貧困者)への、庶民の接し方」から見出そうとしているのが、この学習活動の設計上の特徴なのです。

 

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    第2のフィールドワークの目的は、開発途上国の現実を、途上国に於けるいくつかの教育の姿を切り口に、実感してくること、です。
    開発途上国で出会う現実の多くは、日本で生活する我々自身が如何に、「快適」に、「便利」に、「衛生的」に、「自己本位的」に、生活しているかを気付かせてくれます。そして、これらの先進国型の生活の特徴が、象徴的に集約され現出するのが、その国の「教育」活動のように思えるのです。
    例えば、現在の日本の教育は、学び手(子ども)にとっての学び方が、「快適」で「便利」で「衛生的」なものとなるように、「与える(不十分にはさせない)」「配慮する(分かりやすさを最優先する)」「働きかける(学び手は待った状態で在り続ける)」方法が、徹底して採られているようにも見受けられます。しかし、その快適さ・便利さ・衛生環境の良さが、世界レベルでの経済的搾取構造に立脚していることをも、途上国での不便で、不衛生で、必ずしも心地よくない環境は、教えてくれるのです。

 

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    第3のフィールドワークの目的は、前述した2つの目的に於ける「実感すること」を、外国人としてではなく且つ旅行者としてでもなく、更には現地都市部に生活する一部のリッチ層の視点からでもなく、現地の庶民の視点から、現実の有り様(イスラム文化とは?・途上国の生活とは?)を「感覚」してくること、です。

    言い換えるとこれは、「今までの自分に近い目線からは対象を観ない、今までの自分とは異なる目線から、対象を観る努力をする」ということ。見知らぬ文化や社会の有り様を、外から、外部者として眺めるのではなく、内側に入って、「内」の人間としてじっくりと見つめる。そうせねば決して見つけられない価値と意味があると感じているからこそ、このようなフィールドワーク方法をデザインしているのです。

 

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    勿論、せっかく、『戒律が緩くないイスラム文化圏の開発途上国(これに当てはまり渡航可能なのがパキスタン)』へ行くのですから、イスラム文化を象徴する文化遺産や、イスラームの習慣、イスラム教の信仰の実際の姿を、肌身で感じ自らの五感で確かめてくることも、フィールドワークに於ける重要な意味となります。これがフィールドワークの第4の目的です。

 

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    以上4つの目的を前提に、ここ5年間のフィールドワークでは、以下の「問い」への「答え」を探し得る場所という観点から、フィールドワーク先を選定してきました。

    フィールドワーク先の選定にあたって重視した観点(答えを求めるべき「問い」の内容)は、3つあります。

 

    その第1は「社会的に不利益を被りやすい立場の人(社会的弱者と呼ばれる人々)は、先進国の日本と同様に、途上国のイスラム社会でも、劣等感や痛みや嘆きを背負わされながら、生きているのか?」という疑問。

その第2は、「障害を持った子どもや大人は、途上国のイスラム文化圏の農村地域で、イスラム社会の一員として、どのような位置付けで、どんなふうに生活しているのか?」いう疑問。

    その第3は、「何故、日本に居ると自分が当事者である問題に関してのみ強く関心が向き、また、それが正当と見做され、自分が当事者ではない、他の困っている人が居る社会病理状況には、無関心で居られ続けるのか?」という疑問、です。

 

    これらの「疑問」を解き、問いの答えを見つける作業を含むのが、パキスタンでのフィールドワーク活動となります。

   

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    なお、これらの問いを入口に思考を深化させ自己を見つめる作業は、究極的には、以下の「新たな問い」への向き合いを促し、さらに学びが発展していきます。

        

    到達するはずの「新たな問い」とは、

    「自分は何のために、何を目的に、生きるのか?」

    「自分の魂の使命とは、何なのか?」

    「自分の生きる意味・生きる価値とは、何処で創り、何処にあるのか?」

    といったもの。

          

    これは、現代日本社会を生きる若者たちにとっては、辿り着きにくい『思考の道』であるからこそ、大きな意味を持つ『自己探求の場』となり得ます。

 

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    これまでのパキスタンでの滞在中に訪問してきた都市は、ラホール、ムルターン、バハワールプール、イスラマバード・ラワルピンディ、アポッダバード、マンセラ、といった都市です。

    現地では、さまざまな現場の教育実践・福祉実践に、実際に参加してきます。参加するのは、「スラム街の小学校(ラホール)(ムルターン)」であったり、「チャイルド・プロテクション・センター;スラム街で夕方2時間だけ開かれる児童労働をする子どものための学校(ラホール)」であったり、「女子教育のための学校(ラホール)(マンセラ)」であったり、「スラム地域の病院と医療従事者要請学校(ラホール)」であったり、「孤児院兼孤児のための学習支援施設(ムルターン)であったり、「障碍児のためのコミュニティソーシャルワーク活動(ラホール)」であったりします 。

 

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    ただし、実際に学生が訪問するとなると、「現地パキスタンの治安が実際に劣悪だから」ではなく、「日本にいる学生の家族が、『パキスタンはテロが多くて危ない地域だ』と思い込んでいる(ある意味での偏見に支配されている)から」、という現実により、学生の渡航が叶わないことがままあります。
    言い換えれば、パキスタンに行く前にまずは学生本人とその家族が、パキスタンとイスラム教徒に対する悪い先入観(例:テロリスト・治安が悪い)に向き合い、その偏見の修正に取り組まない限り、このフィールドワークは実現できない、ということなのです。

 

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     更に、イスラム文化圏の途上国の庶民の暮らしを知る機会として、自然豊かな山間農村地域の農家にホームステイをしたりもします。

    また、イスラム文化遺産として、「ラホール城」、「バードシャーヒーモスク」、「ロータスフォート」、「聖者廟(ムルターン)」「デラワールフォート(チョリスタン砂漠)」なども、じっくり遺跡見学してきます。

     

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    このような現地での多様なフィールドワークを毎年3週間ずつ含む研究・学習機会が、10年以上続く、パキスタン・イスラム共和国でのフィールドワーク実践なのです。

 

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今後の教育・研究に対する抱負

    皆さんは日頃、「嘘をついてもバレずに、自分に利得があればそれでいい」、「命じられたことは、カタチをそれらしく整え、要領よくやればいい」といった社会機運を、どのくらい客体化し、意識しているでしょうか? 同時にそんな社会機運に『順応・適応』している自己や、社会価値に同化した言動を為している自分を、どれくらい認識しているでしょうか?
    社会学・教育学・人間学の領域では、これらの社会機運の根源には、西洋型の「新自由主義」思想による形式主義的社会運営がある、と見做しています。一方、日本にはかつて、「正直であること」「誠実であること」「丁寧に謙虚に行為すること」を、極めて意味のある『徳』や『義』や『善』とする文化がありました。それでは、これらのかつての日本の文化は、もう省みられる必要は無い世界に、現代日本は在るのでしょうか?
    看護師が専門職として現場に出た際、看護対象とするのは、何らかの疾患により身体的にも心理的にも、苦しんだり・痛んだり・嘆いたり・悲しんだりしている患者本人とその家族です。それら看護対象の人々の『いのち』とかかわる仕事を、看護学科の卒業生は担っていきます。だからこそ私は自らの教育活動を通して、受講生に、苦しみや嘆きの中に居るのかもしれない看護対象と向き合える実践が為せる人になってほしい、と願っているのす。即ち、新自由主義的な発想による自己言動構成だけではなく、「誠実さ」「正直さ」「丁寧さ」をあらためて見つめた「社会と自己の在り方」を、探求していける人(看護師)を育てたい、と考えているのです。・・・となると、このような人材の養成は、どのような教育観点を重視すれば、実現し得るのでしょうか。

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    現代日本社会は、「グローバルスタンダード」と称し、小学校からの学校教育の場面を中心に『主張する個人』を作る取組みに熱心です。ここ20年くらいの間に公教育に定着した、ディベート形式の討議場面を含んだ学習や、アクティブラーニングと言われる一連の学び方も、『主張する個人』を社会に排出する装置として機能しています。更に『主張する個人』を作る教育は、知識基盤社会に於ける産業界からの社会的要請(有能な労働者の製造必要性)として、正当なもののように語られます。
    しかしそれでは、私たちは何時『声にならない他者の声を聴くチカラ』を、子どもたちの内に育んでいるのでしょうか。声に出来ない、声が出ない、声を出せないでいる、痛みや嘆きや悲しみや苦しみの中に居る人の、心の中にある『言葉』を、そこに付与された感情と共に受け止めるチカラを、現代社会はどこで育ててきたのでしょうか。
     医療専門職の中でもとりわけ看護師は、『主張するチカラ』と同時に、『聴くチカラ』を必要とする職種のはずです。そして、看護師のこの『聴き、受け止めるチカラ』こそ、疾患により痛みや嘆きや悲しみや苦しみの中に居る患者さんとその家族にとって、生きようとする光や温もりの源となるはず。
    自己の言動構成に於いて、他者への厚い信頼を基に「誠実さ」「正直さ」「丁寧さ」をあらためて見つめ生きる時、その看護師はきっと、患者さんたちの『声にならない声』を聴き、患者さんたちの『心』をしっかり受け止める存在になってくれる。現代日本社会が、主張する人の声ばかりが響きわたり、表面的に取り繕われた(魂が込められていない)言動で埋め尽くされ始めているからこそ、他者の心を避けたり、かわしたりせず、正面からどっぷり受け止めることが可能な看護師は、新たに生きようとする人を必ずや育んでくれる。。。私は、現代社会では多数派ではない、このような教育信念に立脚しているからこそ、今こそ自分独自の看護師養成教育に、新たにチャレンジして行かねばと、決意を新たにしているのです。

 

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受験生へのメッセージ

    受験生の皆さんが看護学科に入学してくださった後、私が皆さんと共に学ぶ『場』として出会うのは、「いのちの社会学(1年次前期必修科目)」や、「生命倫理(いのちの哲学)(2年次後期選択科目)」です。そして、これらの科目に共通する「学び方」を、あえて象徴的な言葉で表現すれば、それは「スッキリしない」「モヤモヤしたまま悩み続ける」と表現可能なものです。言い換えると、これらの科目での学び方は、今どきの「わかりやすい」学習ではありません。では何故、これらの科目では、そんな「学び方」が目指され、そのように設計されているのでしょうか?

 

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   現在、受験生の皆さんの周囲には、明瞭で分かりやすい「ヒーローと悪役」「予想される物語」が溢れています。即ち皆さんは、「多数派により肯定される、予測が立ちやすい善悪価値」の中で、日常を過ごす状態にある、とも言い換えられます。しかし、現代的な『いのち』にかかわる問題に対し、専門職業人としてかかわる看護師が、そんな「明瞭な善悪」に思考を閉ざしたまま、患者さんを見つめていても構わない、はずはないでしょう。
    例えば、現代先進国での報道に晒されていると、子どもを持てない相対的に裕福な親の苦悩ばかりが目につき、代理出産を依頼する親が同情的に見られやすいのは、どのような社会構造によってもたらされるのでしょうか。また例えば、ビジネスとして代理出産を引き受け、子宮を使って労働する途上国の貧困層女性たちは、自分たちの「仕事」にどんな想いを持っているのでしょうか。更に例えば、代理出産がビジネス的契約関係を前提にしているからこそ、受精卵の子宮への着床後の出産キャンセルや、着床した胎児の間引きが、母体としての妊婦の見解ではなく、出産依頼者(受精卵と経費の提供者)の判断により、一方的になされるのは、労働契約関係があるから仕方がないこと、なのでしょうか。そして、その契約上のトラブルにより、たまには「代理出産孤児」が出現してしまうのも、大多数の成功例を念頭に置けば、止むを得ない少数例として済まされるべき「いのち」の有り様、なのでしょうか。

 

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    これら一例にて示し得るように、いのちと、いのちを巡る支援は、一方の正義ばかりに着眼しては、見えてこない善・正義の側面が確実にあります。だからこそ私が担当する学習科目では、恐らく高校生までの皆さんが「考えたくなかった」こと・「目を背けてきた」ことを、徹底的に「考える」ことを行います。そして、そのような学び方を通し、基礎的な知識獲得に留まらず、自らの認識や判断とその先にある態度・志向への覚悟を、「単純化できない生命倫理問題を、考え、悩み続ける」方法により確実化していきます。そしてこのような学習方法上の特徴こそ、川元が担当する学習科目(「いのちの社会学」「生命倫理」)を、「いのちの原理論」・「いのちの哲学」と言い換え得る所以なのです。
   マイケル・サンデル(2012)は、『 What money can't buy(それをお金で買いますか;市場主義の限界)』の中で、「行列に割り込む権利の販売」などを例に、「かつては非市場的規範に従っていた生活領域へ、お金と市場がどんどん入り込んできている」と指摘した上で、『いのち』の論理に纏わる、以下の観点を提示してます。それは、「お金で買うべきものと買いべきでないものの境界をどこに置くのか」という問題。西洋型先進国としての日本に於いて、市場原理が行き渡る範囲が、人々の非生活圏にまで広がるほど、市場と市場原理という『価値』は、道徳的問題にかかわるようになっていきます。そして、サンデル(2012)は、この道徳的問題にからみ、「市場価値は、(無条件に)与えるという規範を腐敗させる効果を持つ」と指摘します。

 

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   『善の腐敗』『規範の変質』『通底価値の変容』という問題は、いつの時代にも起き得ることです。しかし私たちは、無批判に肯定されやすい医療技術の進歩に対応させ、『いのち』に纏わる自らの倫理的立場を、日々再構築することに努めているでしょうか。看護師が医療従事者として、直接的に『いのち』にかかわる仕事を為すからこそ、これらの論点について是非、皆さんそれぞれの大学での学びの中で、「スッキリと分かる」のではなく、モヤモヤと悩み、考え続けて欲しいと願っています。

 

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